『ラヴ上等』を見ていると、思わずこんな言葉が漏れることがあります。 「そんなに苦しいなら、もう恋なんてしなきゃいいのに」
でも同時に、それができない気持ちも、私たちは痛いほど知っています。 人はなぜ、傷つくと分かっていても、また誰かを想ってしまうのでしょうか。
恋は「幸せ」より先に「生きてる実感」をくれる
恋をすれば、必ず幸せになれるわけではありません。むしろ、思い通りにいかない苦しい時間の方が多いことさえあります。
それでも人が恋をしてしまうのは、恋が「結果」ではなく、強烈な「感情」をくれるものだからです。
- 誰かを想って、胸の奥が熱くなる
- たった一通の連絡に、世界が色づくほど一喜一憂する
- 自分のなかに、こんなに激しい感情があったのだと知る
『ラヴ上等』の登場人物たちも、報われる保証なんてどこにもない恋をしています。それでも進むのは、何も感じない空っぽな自分に戻る方が、もっと怖いからではないでしょうか。
恋をしないことが「強さ」とは限らない
大人になると、「恋をしない自分」の方が賢く、スマートに見えることがあります。
- 誰にも傷つけられない
- 感情を振り回されない
- 穏やかな日常を守れる
確かに、それは一種の強さかもしれません。 でも『ラヴ上等』は、その静かな強さの裏にある「寂しさ」も、ちゃんと映し出します。
恋をやめることは、必ずしも前向きな成長ではありません。それは時に、「もう一度誰かを信じる勇気」を失ってしまった状態でもあるからです。
「誰かの特別」になりたいという根源的な願い
「必要とされたい」「選ばれたい」 それは単なる承認欲求ではなく、人間が持つもっと根っこの部分にある願いです。
「あなたでいい」ではなく、「あなたがいい」と言われたい。
『ラヴ上等』の恋がこれほどまでに苦しく、愛おしく見えるのは、登場人物たちがその願いをごまかさないからです。強がりながらも、誰かの特別でいたいという震えるような気持ちが、言葉の端々に滲んでいます。人はその温もりを一度知ってしまうと、簡単には手放せない生き物なのです。
恋は知らない自分に出会うための鏡
恋をすると、見たくなかった自分の「弱さ」がはっきりと見えてきます。
- こんなに臆病で、不安になりやすいんだ
- こんなことで、醜い嫉妬をしてしまうんだ
- 相手の一言で、こんなに簡単に壊れてしまうんだ
正直、あまり直視したくない部分かもしれません。 それでも人が恋をやめられないのは、その不格好な自分と向き合う時間が、結果として自分を一番深く知るきっかけになるからです。恋は、自分自身の未熟さを抱きしめるためのプロセスでもあるのです。
恋をしたい気持ちと、怖い気持ちは、同時にあっていい
頭では「もう疲れた」「期待して傷つきたくない」と分かっていても、ふとした瞬間に心が動いてしまう。
『ラヴ上等』は、そんな矛盾を否定しません。 恋をしたい自分と、恋が怖い自分。その両方が存在していいのです。 やめられない自分を責める必要はありません。それは弱さではなく、心がまだ動こうとしている、とても自然で健康的な反応なのですから。
最後に:恋は人生を濃くするための選択
この作品が静かに教えてくれるのは、「恋は効率のいい選択ではないけれど、人生を濃くしてくれるものだ」という答えです。
うまくいくかどうかよりも、誰かを本気で想い、悩み、震えた時間そのものが、今のあなたという人間を形作っています。だから人は、何度傷ついても、また誰かを想うことをやめられないのです。
もし今、「もう恋なんてしなくていい」と思っているなら、自分にこう問いかけてみてください。
「それは本当に恋をやめたいからですか? それとも、もう一度傷つくのが怖いだけでしょうか?」
答えを急ぐ必要はありません。 ただ、怖がっている自分を「それだけ一生懸命だったんだね」と、優しく認めてあげてください。
あなたがまた、自然に心が動くその時まで。 今はその不器用で優しい気持ちを、ただ、ゆっくり休ませてあげてくださいね。